2010年3月6日土曜日

日本人の意識構造

30数年ぶりに会田雄次の「日本人の意識構造」を読みました(1972年出版)。

会田雄次は、京都帝国大学文学部の講師だった1943年に応召し、ビルマ戦線に歩兵一等兵として従軍しました。終戦でイギリス軍の捕虜となり、1947年に復員するまでラングーンで拘留されました。

会田さんは、多くの著書の中で日本人論を展開しています。当時(昭和45年)の日本社会を戦前派と戦中派と戦後派に分けて比較しています。会田さんの言う戦前派は明治生まれで大東亜戦争に行かなかった人たちで、戦中派は会田さんのように当時20代で戦争に行った人たちです。戦後派に関しては、第一次戦後派と戦後生まれの第二次戦後派(団塊世代を含む)に分類しています。

会田さんの言う第一次戦後派は、私がマッカーサー呪縛世代と呼んでいる世代で、会田さんはこの世代を 「インチキなサッカリン漬け教育でふやけた世代」と容赦ないのです。第二次戦後派に関しては、まだ若すぎて何とも言えないとしながらも、ゆとりと自信に乏しい競争世代であると指摘し、その原因は、宙に浮いた理想主義と自分たちの劣等意識を持つ先生たちの教育にあると言っています。

もし会田さんが生きていたら、今の日本をどう評論したでしょうね。辛口の会田さんは、「日本人の、ほめられると有頂天になり、けなされると逆上する欠点は、団塊世代が受け継ぎ、団塊に続く日本のえせリーダーたちに滔々と受け継がれている」と言うのではないでしょうか? (私の想像ですよ、、、念のため)。

「日本人の意識構造」のあとがきより

アメリカはまだよい。そこにはきびしさがある。自分が誤っていたと認めれば、率直に反省し、大胆に自分を変えていける国民だ。今日の苦悶を脱皮するための転機としうる可能性がある。しかし、うわっつらだけをアメリカに真似てきた日本はどうなることか。たとえばえせデューイ哲学でおかされきった教育界は、すっかり偽善理想主義と責任転嫁術だけを身につけてしまった

(中略)

私は、今日は、もう戦後の自失を回復して日本人自身が日本を発見してよいときではないかと思う。そのことは何も戦前の独善性に帰ることを意味しない。ただ、もう少し広く深いところから日本人が自らの長所と短所を見きわめ、新時代へと前進する手がかりをつかむべきだというだけである。

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1 件のコメント:

  1. トヨタの件は、裏に色々と複雑な事情がありそうですね。日本で見ていると、日本政府の大臣がアメリカ議会と同じ目線でトヨタを批判しているのが気になりました(事の是非は別として)。

    車のコンピュータ化におけるデファクト・スタンダードのつばぜり合いであることを日本政府はどれほど理解しているのでしょうかね?

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